2006.9.11   羽生氏の強さの素  将棋を指さなくなって何年もたつ。  周囲でも、将棋シーンは消えつつある。一部のファンの話を聞くだけで、縁台将棋を眺 めるチャンスはほとんど無いくなってしまったからである。  実際、将棋人口はここ20年で半減したそうだ。親が子に指し方を教えることもなくなっ たのに、よく半減程度で留まっていると見た方がよさそうである。  名人戦の主催新聞社をどうするか、お金をめぐった対立(1)さえ発生している。衰退産 業特有の避けがたいゴタゴタのようだが、これでますます人気は落ちそうな気がする。  などと余計な話をしていると、こんな話題に興味を覚えたと誤解されてしまいかねない から、本題に入ろう。  将棋界は不思議なことに、1970年前後に生まれ、10代でプロになった棋士達が活躍して いる。これより若手は今一歩らしいし、高齢側は1962年生まれで中学生棋士として有名に なった谷川浩司十七世名人位だそうである。  たまたまかも知れぬが、若い頃から切磋琢磨するとセンスが磨かれるのかも知れない。  将棋ファンなら、今時、こんな話をすれば、なにを取り上げようとしているのか想像が つくと思う。  お察しのとおり、2006年8月に発刊された「先を読む頭脳」(2)の話。  なにせ宣伝が凄い。・・・認知科学と人工知能の二人の科学者が様々な実験とインタビ ューから、史上初の七冠制覇の棋士、羽生善治氏の思考、学習、戦術を徹底解剖。その驚 異的な認識能力を解明し、常識を超える発想の秘密に迫るというのだ。  どんな内容かと言えば、科学ジャーナリストが一言でまとめてくれている。(3)  “まったく解説になっていない。両氏の書いていることはむしろ、認知科学とコンピュ ータ科学による現在の将棋研究が、どこかずれているんじゃないか、ということを、改め て実感させられてしまうものになっている。”  この感覚は鋭い。  ともあれ、羽生氏の主張はわかり易いし、思考の本質を指摘していると思う。  熟練者になれば、一つの盤面を形として捉えることができるという話は、よく知られて いる。問題は、この能力をどう捉えるかだ。  例えば、初心者なら、上手くなろうと、定跡本でこの能力の獲得を目指す。このパター ンがでてきたら、こうすれば上手くいく式の勉強をする訳だ。ケーススタディ集を読み、 パターンを認識し、展開方法を学ぶやり方と言えよう。  言うまでもないが、これだけでも結構勝てることがある。相手がアマチュアだからであ る。  しかし、羽生氏はそんな勉強はしない。  様々なパターンを知識として蓄積し、状況に合わせ、類似パターンを探し、そこから発 展形を考えるやり方ではないのだ。  パターン型の発想は所詮は真似でしかない。本気でトップを狙うつもりなら、そんな勉 強をする筈がない。当たり前である。  重要なのは、パターン認識自体ではない。  どのような手順でそんなパターンになるのか。更には、そんなパターンになったら、ど のような展開になりそうかか、という前後関係を想起できるかが勝負なのである。ここか ら知恵が生まれる。その結果が、新しいパターンなのである。  従って、才能ありそうな棋士の卵は、羽生氏のようなプロが見ればわかるというのは、 当然だと思う。“直感での指し手でも論理性を感じる”なら本物なのである。  但し、勝負は、こうした考え方を追求し続けることができるか。  そんなことができる人は稀なようである。  棋士の強さは、“非常に難しくてどう指せばいいのかわからないような場面に直面した とき、何時間も考え続けることができる力”に依存すると言う。  時間をかけているが、網羅的に検討を繰り返しているのではなかろう。  おそらく、何を考えるべきか、自問を繰り返すのだ。従って、考えるべき対象がそれほ ど定まらない序盤戦では、柔軟に対処できる状態を保つように心がけるらしい。  腹に落ちないような、冒険はできる限り避ける訳である。勝つためには、これだと納得 いかない限り、重大な意思決定はしないということだ。  なかでも重要なのは、こうした“思考”を何年もの間、続けることらしい。この能力は 、年齢に関係なく向上するからである。  --- 参照 --- (1) http://www.bitway.ne.jp/bunshun/ronten/ocn/sample/keyword/060525.html (2) 羽生善治・伊藤毅志・松原仁 著「先を読む頭脳」新潮社 2006年8月   http://book.shinchosha.co.jp/cgi-bin/webfind3.cfm?ISBN=301671-X (3) K.Moriyama's diary [2006年9月4日]   http://www.moriyama.com/diary/2006/diary.06.09.htm