「ネット社会を生きる奥義」羽生喜治インタビュー 「高速道路とその先の渋滞論」で、押しも押されるアルファギークになった羽生さんのイ ンタビューです。基本的にはその持論を解説しているだけなのですが、注目すべき発言が 二箇所。 で、何が変わったかというと、ネット中継とかが始まって、対局を見られるようになった 。以前は将棋会館に対局の進行を見に来て、夜遅く帰ることがありましたが、その必要が なくなった。今は中継してくれる。しかも、控え室の模様まで「だれだれ四段はこの手が 有力だと言っている」とかまで入っている。 勘です。勘ですから、当たらないことも多い。それでも、この形を勉強するならこの人の 棋譜を見ればいい、というのがある。そういうのを見つけ出すことがすごく大事。検索し てオーソリティ見つける。たくさんの人が見たということよりも、信憑性の問題。この人 のだったら間違いない、というのが見極められるか否か。もう最終的にはそこに尽きてし まう。 最初のは、「ネット中継で何が違ってきたか」という質問に対して、「控え室で検討して いる内容まで伝わってくる」と答えている所。単なる「この手がいいとか悪い」という情 報ではなく、「誰がそれを言ったか?」がわかることが重要と羽生さんは言ってます。こ れは何げないひとことですが、「誰が」という点に重点を置いていることがうかがえます 。 次のは、「定石研究が専門分化して一人ではとても全てを追いきれないくらい膨大な量に なった現在、自分にとって必要な知識の範囲をどう見極めるか」という質問への答え。 アマチュアも含め誰もが最新定石の情報を得ることができる現在の状況(「フラット化」) の中で、何故、羽生さんが頭一つ抜き出た位置をキープしていられるのかにつながる重要 な質問ですが、ここでも、「この人だったら間違いないという『人』の見極め」が重要と 言っています。 つまり、羽生さんは、「誰がそれを言ったのか」によって情報の優先度を決めていて、そ のシステムの優位性によって第一人者の地位をキープしているということではないでしょ うか。 たとえば、プロ棋士からランダムに選択された5人対5人の集団で将棋を指すとします。そ して監督は5人の選手とは話ができなくて、盤上の手の進行だけを見て、決められた回数 だけメンバーチェンジを行うことができる。そういうゲームがあったとして、羽生さんが 監督になったら、どの棋士よりも強い。そういうことではないでしょうか。「この戦形で この局面だったら誰が強い」という見極めが誰よりも上手で、この勝負においては、羽生 さんが自分で直接指す将棋よりもっと圧倒的な強さを見せるかもしれない。 羽生さんくらい強かったら、B級以下の棋士の研究なんてチャチで全く参考にならないの ではないかと思っていたのですが、そういうことではないようです。上記の引用で、「だ れだれ四段」と言っています。将棋の四段(若い人)は、今では大半が所属クラス以上の実 力があるのは常識ですが、でも全部がA級なみではないでしょう。しかし、羽生さんには 発言が気になる四段が何人かいるようです。 とにかく、あの羽生喜治が他人に頼っているという事実は衝撃的でした。 「この形を勉強するならこの人の棋譜を見ればいい、というのがある*」という話をして います。その前を読むと「この形」というのは序盤における戦形のことを指していると思 われます。現在将棋で序盤研究が重要なのは確かですが、それだけでは勝てません。 少なくとも羽生三冠はそういう将棋を指す棋士ではありません。ではなぜ研究するかとい うと、どこかで羽生三冠が書くか話すかしていたと思いますが、負けないためということ です。研究で勝つことを期待してはいけないが研究不足で負けるのは恥ずかしい、そうい う話だったと思います。 羽生三冠が勝てるのは研究がすごいからという面ももちろんあるのですが、それよりも大 きな要素が何かあるという見方の方が普通だと思います。研究以外の要素が何かをはっき り述べられる人はいないと思いますが、序盤ではなく中終盤での何かでしょう。序盤はい いのに中終盤での実力が不足していて上に行けないタイプの棋士もいるので、そういう棋 士の棋譜は羽生三冠に限らず当然チェックするものだと思います。「人を見抜く」という 点については後編に続くようなので、そのあたりで何か出てくるかもしれませんね。 「控え室の模様まで『だれだれ四段はこの手が有力だと言っている』とかまで入っている *」という部分については、上位棋士ならネームバリューがあるので名前を出して書かれ るのは当然としても下位の無名な棋士のコメントまできちんとフォローされているのはす ごいというような含みではないかと私は感じました。ただ、「羽生さんには発言が気にな る四段が何人かいるようです*」という部分はおそらくその通りで、プロになる前の奨励 会員でもチェック対象になっている人がいておかしくないと思います。 「羽生さんくらい強かったら、B級以下の棋士の研究なんてチャチで全く参考にならない のではないかと思っていたのですが、そういうことではないようです*」ということは全 くなくて、部分部分では羽生三冠を上回る棋士は多数いるはずです。特に序盤研究という 点では、一部の若手棋士の方が精力的ではないでしょうか。羽生三冠には研究に割く時間 があまりないという事情もありますので。 最近の問題意識としては、対局棋譜に表れない情報をどう考えるかという点だと思います 。対局とは別に行われる研究会で出た結論が広まったり広まらなかったりする。そういう 情報をキャッチできるかどうかが対局結果に影響を与えたりする。そこにはプロ同士の個 人的な関係が絡んでくるわけで、そういうものに結果が大きく左右されるとしたらどうな のか。そのあたりは今後議論になるかもしれません。 「将棋の四段(若い人)は、今では大半が所属クラス以上の実力があるのは常識ですが*」 という部分については、最近はそうでもないという認識に変わりつつあるように思います 。プロ入り後活躍が見込める新人とそうでない新人の二極化の傾向が感じられるというと ころでしょうか。実際、近年は新人が順位戦C級2組で降級点をもらうことが珍しくなくな りました。この理由としては、新人がカモにできるくらい実力の落ちた棋士が、1987年に 創設されたフリークラスにあらかた降級してしまったために、C級2組の相対的地位が上が ったことが指摘されますが、それ以外には、単に羽生世代が特別だっただけだとか、奨励 会全体のレベルが落ちているとかいう可能性もあるかもしれません。 週刊東洋経済の記事からは、「他人に頼る」というような受動的な考えではなく、利用で きるものは利用するというような積極的な姿勢を私は感じました。