プロ棋士はどう考えているか 2006-05-18 公立はこだて未来大学で開催された公開講座に行ってきました。講師は羽生善治三冠と未 来大学の松原教授です。 ・どうやって先を読んでいるか 一手一手検討すると言うより、良い手にフォーカスを合わせていくイメージ。 頭の中で指了図を作ってから盤面をそれに合わせていく。 盤面をひっくり返したり脇に立ってみたり、いろんな視点から眺める なんだかんだ言っても結局はカン(ここで場内爆笑) 他のプロと話をしたが10手先を読むのも無理。相手もプロ。スタートからゴールは決ま っているが途中はアドリブ的に決まっていく。まるでコンパスのない航海のようだ。 結局はヒラメキです(笑) 大事なのはなぜひらめいたのか検討すること。 ・情報化時代の将棋論 以前は新しい戦法があると、みんながそれに飛びついた。応手や対策をみんなで考えた( 焼畑農業的?) 今はスポット的に新しい形が生まれるので自分でも把握できない。認識力を超えている。 新手を創り出す側にとっては厳しい時代。オリジナリティが浪費されている。 「創造」の定義が変わったのではないか。一歩でも半歩でも先に行くことが重要? 10年前に勉強したことが今では全く役に立たない むしろ昔より環境が良くなった成果だと思う。以前は将棋の王道、とか、名人が指す手で はない、などという言葉があった。画期的な新戦法が出にくい環境。今のような手を指し たら破門されてもおかしくない(笑) 昔の勉強は無駄→知識としてはプラス?→既成概念に捉われる弊害の方が大きい。 大山は「見たまま」で指していた。全然読んでなかった(笑) 経験の蓄積が力に変わる、量が質へと転換するポイントがあるのではないかと考えている 。 ・今後の将棋界 自分も将棋の本を買う。将棋は学問に近い域にある。 今の人は環境が良い。才能が埋もれてしまうことがない。高速道路に乗っている そのせいで閉塞感・停滞感が生まれないか。誰でもある程度までは強くなれる。そこから が大変。高速道路が渋滞する。自分たちは一般道でふるいにかけられてきた。 人とは違ったアプローチが必要。AをしたからBになる、というのではダメ。全く新しい方 法を。そこに量から質への変換がポイントになるのではないか 将棋には闘争心は不要。チェスや象棋などとは全く違うゲームだと思う。   この後で松原教授と羽生三冠との対談に入ります。 松原教授は羽生三冠の大ファンで、北海道に来るたびに追っかけするくらいだったそうで 、それが縁で今回の公演に来ていただいたとのことでした。 OHPで東大将棋の画面が映し出されます。ここからは実践譜を元に羽生三冠がどのように 考えているかについての対談になります。 ・朝日オープン決勝 対藤井猛九段戦 松原「羽生さんが勝って良かったです。負けてたら紹介しづらくなってましたw」 先手藤井九段は藤井システムを採用。 藤井システムはここ10年で3本の指に入る画期的な戦法 穴熊狙いが明確なので自分は急戦にした。それを見て藤井さんは玉を囲った。臨機応変に 手を選ぶ。対局前から戦方を決めていくということは無い。 中盤が終わるまでは確認作業。定跡の中からお互いの同意の下で手が進んでいく。 (へんな角を打ったところで)打つ手が無ければ手を渡す。手の渡しあいで一局になる。 直線的に進んでだめならば曲線的な手を打つ。 お互い指せる手が無い。後の先の取り合いになった。 ・今後の将棋について 今度は前回の世界コンピュータ将棋選手権決勝、Bonanza対YSSの模様が映し出されました 。Bonanzaが無意味に角と銀を交換したところで、 松原「2chなどではこのような手を”ボナる”と言われています」これには羽生三冠も爆 笑。 羽生「コンピュータの評価関数は角の方が銀よりずっと強いはず。それにこだわらないの がすごい」 松原「開発者の人は将棋がまったく分からない人で、ソフトに過去の棋譜を読み込ませて 強くしたそうですよ」 羽生「それなら普通は角のほうを大事にするはずですよね」 松原「でもこれで勝っちゃったから、なおさらこういう手をさすかもしれません」 羽生「なるほど(笑)」 人間の将棋とコンピューターの将棋はまったく異質な強さ。変だけど強い。 コンピューターはここ最近強くなった気がしている。今後どうなるかはまったく予想がつ かない。 道具が進化して創造性の概念が変わった。勝つためならば人の戦法をたやすく真似ていい のか、そのせめぎあいが難しい。 新手を指すにはリスクがいるが、プロなのでやらなければならないと考えている。 お互いの主張を通しあうところまでが「直線的」、妥協点を探すところが「曲線的」とい うことなのかな? 手を見ながら臨機応変に進んでいくので、最初に羽生三冠が言ってい た「10手先を読むのも無理」というという言葉はここらへんが理由なのかもしれません 。 質問コーナー ・谷川世代、羽生世代、そして渡辺世代と、ちょうど10年ごとに天才棋士が登場してい ることをどう思うか どう思うと言われても困る(笑) 谷川さんの時代は力の時代。力と力のぶつかり合い 僕や森内さんの世代は、いわゆる新しい世代と言われてきた。先の世代の"力の棋士"との 戦いにもがいていた。もがきの時代だと思う。 渡辺明竜王のような若い世代の人は恵まれている。情報化時代だ。 実際はあまり世代間の差がないと思う。環境が違うだけ。 将棋に対する感覚は全然違う。圧倒的に違う。 ・「高速道路と出口渋滞」というお話があったが非常に情報工学的な考え方。それを打破 するためにはどうしたらよいか。 そこに"量から質への転換"がキーになると思う。 情報を貯めていったあとでそれが別のものに変わるのではないだろうか。大山さんのよう に。 100%転換があると確信があるわけではないけれどそのことをずっと考えている。 ・長い棋戦の間、モチベーションをどのように維持しているか よくキレます(笑) 一番難しいこと。考えるのはむしろ楽。続けるのはムリ。 キレたい時は他人に迷惑をかけないならキレていいと思いますよ(笑) ・将棋を指しているときいろんな視点から見ると言うことだったがどういうことか 例えば森内さんと指す時に、森内さんならこれは、というようには考えない。 三人の羽生が居る。先手羽生、後手羽生、観戦羽生。 自分の手について「森内さんならどう指すかな」と考えることはある。クセや棋風は知り 尽くしているので。 ・名人戦問題についてどう思うか。 26日の総会で決まりますので・・・。 30年前にも似たようなことがあった。なぜ教訓に出来ないのか(怒) 自分にもどうしようもない。何とかしたいとは思うが。 ・升田幸三の大ファンとのことだが 昭和30年代から今の感覚を持っていた人。既成概念に捉われないすごい手が多い。 現代に蘇っても一流だろう。将棋の大天才。最も尊敬する棋士。 豪放磊落な人柄ばかりが注目されているのは不本意。 ・最近は棋戦の持ち時間が減っているが影響は 対局が多いからしょうがない。月に何回も朝8時から夜12時まで指すのはつらい。 減っても影響は無いと思う。増やしたから将棋の質が上がる、というものではない。 体力を争ってもしょうがない(笑) ・7冠から3冠に減ったが 頑張ります(笑) ・「認識力の限界」というお話があったがそれは「努力の限界」ということか 今まで1000局以上の将棋を指してきたが、全てを覚えているわけではない。 ただし断片的には、「こういう手筋があったよね」と言われると覚えている。 忘れることは悪いことではない。忘れるから覚えられる。いらないから忘れる。 若いうちは記憶力や反射神経が優れている。年を取ると衰えるが、盤面を見ただけで判断 する大山さんのような人がいる。 10年前に勉強したことはもう無意味なことだけど、その結果としてひらめきが生まれて いるのだと思う。 ・羽生さんはどんな小学生でしたか 普通の小学生でしたよ(笑) 八王子は当時イナカだった。走り回って遊んでいた。 平日は普通に塾に言ったり遊んだり。週末だけは道場に行っていた。そこだけが違うとこ ろ。 ここで時間が8時5分頃となり、講演が終わりました。場内割れんばかりの拍手に送られ て羽生三冠が退場。たった一時間半でしたが話の内容が濃くて充実していました。 「10手先も読めない」という発言には衝撃&納得。お互いに将棋を知り尽くしているか ら、常に手探りで戦うことになる。将棋倶楽部24で13級の私には言えないセリフです w 結局はカンということでしたが、たくさん知識を身につけた結果であるということも言っ ていました。まずは膨大な努力があって、膨大な知識を得て、それがひらめきに変わって いく。変わるかどうかは人によるってことなのかな。でも努力しないとそこまではたどり 着けない。 あと羽生善治といえども今の若い棋士たちのことはうらやましいんですね。「環境がいい 」と何度も繰り返していました。でもそのねたましさをこうやって表明できるのはさすが 。自分も"新世代"と言われてきた分、若い人のことを認めることがちゃんとできるんだろ うな。 一番印象に残ったのは「質から量への転換」というお話でした。カタストロフ理論?複雑 系っぽいです。未来大の学生はそこら辺に気づいたかしらん。